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電子書籍

図書館・ブックオフ等、著者にお金が入らない「読まれる機会」の問題

音楽と書籍の相似と相違

『電子書籍の衝撃』はいちいち音楽を引き合いに出してくるけど、一度聴いて購入を決め、繰りかえして聴く音楽と、全部読んだらそれで終わりのことの方が多い書籍とじゃだいぶ事情が異なる。

音楽はアンビエントが自然だけど、書籍はそうじゃないことが多い。(強引に言えば、書籍がアンビエント化して劣化したのが今のインターネット上にあふれているツイッターのつぶやきとか、SBMのコメントとかブログの記事なんじゃないだろうか)

そういう意味では、繰り返し読まれる絵本は音楽に近くて、全部通してまとまった時間を集中的に費やす必要がある(しかもそう繰りかえしては利用しない)小説・マンガ類は映画やドラマなどに近くて、逐次参照する参考図書類はネットに近いんだろうなぁ。

『キュレーションの時代』で面白かったのは、それが「本である」というメディアの特性をいかそうと意識して書かれていることだった。著者の提唱する「キュレーション社会」のいくつもの例を、かなり意識して物語的な部分を強調して書いている。もちろん人間の頭がそういうストーリーの流れに親和的にできていて、新しい道具とか概念を理解してもらうには物語の形で書くのが一番手っ取り早い、と判断してのことだろう。

これがその辺のアマチュアブロガー(私みたいな)なら、ありとあらゆる例をたくさん詰め込んで、「ほら、すごいでしょ」とやるところだけど、それは「もう知っている人」には効果的でも、「完全なる初心者(ネットに疎い人たち)」には何がなんだか分からないはず。その辺の書き方の工夫が、ツイッターとかブログとか、断片的な電子メディアを使いこなしている人ならではの神経の使い方だなぁと思った。

自分たちは紙の本で育った世代だから、その良さも、質の高さも理解してネットと使い分けているけど、モニターで読む文書(しかもそれは圧倒的に断片的でアマチュアによるもの)の方が多い(これから大人になり、読者になる)子どもたちはどうなんだろう。

そもそもこれだけ無料の情報がごろごろしていて、暇つぶしに事欠かないのに、紙の本と同じだけのデータ量を持った長い文章をわざわざお金払って買って読むだろうか。リーダビリティも低いし。

紙の本読むにはリテラシーや習慣づけがいると思うんだけど、それを育むところがなくなったら、世の中軽くて薄くて浅いソーシャルネットゲームで一生過ごすんじゃないのかなぁ…。

紙の本が贅沢品になる日が来るのか…

技術革新は必ず中抜きになるのか?

アマチュアの情報発信が容易になると、そこで食べていけるプロはどんどん減っていくのか?

[Good Job!]