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上のふたつの記事の趣旨の通り、無断リンク禁止をめぐるもめ事は「文化圏が違うんだからしょうがない」。無断リンク禁止論者が本当にいやになったなら、リンク報告してくれた人にだけ新しいアドレスを教えて移転するという古くから知られた手段があるのだし、無断リンク禁止ナンセンス派は相手の言葉を無視していくらでもリンクを続けるだろう。双方もめにもめて疲れ切って・飽きて、最終的に自分が一番心地よいエリアに落ち着くことになる。経験的に。
そんなことよりよっぽど切実な苦悩は、異文化に属する人やコンテンツを心の底から気に入ってしまったときに生じる。
この人の絵が、文章が好きだ、だけど相手は無断リンク禁止文化圏の人だ。ブクマしたら怒るだろうし、勝手に不特定多数の目にさらしたならば、傷ついてこっそり移転して自分の目の届かないところへいってしまうかも知れない。下手をするとサイトを閉鎖して二度とWeb上に現れないかも知れない。
そんなとき、無断リンク禁止ナンセンス派は自分の主義主張と、相手のコンテンツをそっと見守る喜びを天秤に掛けざるを得なくなる。すくなくとも私はこういうときは絶対リンクできない。こんなすばらしいものを知る人ぞ知るものにとどめおかなくてはならないことをすごく残念に思いながらも、黙って見守り続けるしかない。
無断リンク禁止派だってWeb上にコンテンツをあげている以上、良き理解者としての閲覧者は欲しい。かつてはサイト登録型のリンク集がその需要をみたしていたけれど、今現在、大量の閲覧者を期待できる場所はたいてい無断のディープリンクを基本としたブックマークサイトであり、その舞台に上がることは無断リンク禁止文化圏の住人にはできない相談。かくして今日も人来なかったなぁと寂しい思いをし続けることになる。
かにかくに、無断リンク禁止をめぐる日常的で切実な苦悩は、むしろ異文化に対して魅力や好意を感じている時にこそ生じるものなのであって、「無断リンク禁止なんてバカじゃないの」「バカじゃないのって言うほうがバカじゃないの」と罵りあっている状態はむしろいつの時代もWebのどこかの片隅で繰り広げられている非日常の風景でしかない。そのうちみんな自分の場所へ帰るのだ。